なぜ、犬神明の物語だけが、そんなトラブルに巻き込まれなければいけなかったのか。なんとなくだが、今のおれには“わかる”気がするんだ。かんたんなことさ。“本当のこと”を知り過ぎたやつ、そしてそれを社会にあばこうとしたやつは、どこからともなく、消そうとする“やつら”があらわれて、襲われるのさ。
犬神明よろしく、おれも、ゴキブリと陰謀暴力は大の苦手なので、あえて“ここ”では書かないが、興味がある人は、祥伝社NONノベルズ版の、古い『狼男だよ』を手に入れて、今到達した第三部『狼狩り』を読んでみればいいさ。狼どころか子犬ていどの知能でも“なんでそんなことをされたのか”が分かるディティールが描かれている。

まぁ脇道話をすれば、そこで<干された>平井氏に、旧知の漫画編集者、伝説の内田勝氏が手を差し伸べ、今度は少年漫画で、だから犬神明もストイックな少年で、既出の『悪徳学園』という小説の続編的立ち位置で、と企画が進んだのが、漫画版『ウルフガイ』であり、少年ウルフガイシリーズの小説版も、こちらを起点としてスタートするわけだ。今では「松田優作の映画デビュー作」として名高い『狼の紋章』(1973年)なる映画は、そちらが原作なのである。

話を元へもどせば、それだけ平井氏は“書いちゃいけなかった本当のこと”を書きすぎてしまった結果<干された>わけだが、世の中を甘くみるもんじゃねえな。ウルフガイシリーズは、さらにとことん根幹の部分での“本当のこと”を書いたがために、弱小出版社から再刊された先で、どんどんファンを増やし、平井氏の、日本SFの、代表的じゃシリーズになっちまったって話になる。

小説の内容を地でいくような、爽快な話……ってことに、もうしておこうじゃないか。
『狼男だよ』第三部『狼狩り』で、誇り高き狼の魂の尊厳を、芸能界の大スターにベッドで傷つけられた犬神明は“本当のこと”を吠えた。

「競争の世界はみんな同じだ。強者が弱者を食って生き残る。みんな当たり前だと思ってる。それが淘汰の法則だと信じてる。弱肉強食、優勝劣敗、それが生存競争だとね。それが人間の生き方の根本原理なんだ。だから、国際間の侵略戦争が行き詰まると、今度は国際ビジネス社会で同じことが始まる。弱者は食い殺されるか、のたれ死にして、強者はさらにトーナメント戦に勝ちすすむ。強さは善であり、弱さはそれ自体悪なんだ。人間はもともと、しんそこから争いごとが好きだ。とも食いが性に合っている。生存競争、適者生存なんてのは、とも食いの恰好な口実になる。だが、それは人類だけに適合する特殊なルールだ。ほかの生物には、人間のキチガイじみた貪欲さはない。節度というものがあるからねたとえば、キツネはウサギを捕食する。外見だけ見れば、弱肉強食だが、あれでキツネもウサギをとっつかまえるのに大骨を折るんだし、それも老いぼれ病気持ちドジなノロマ、無鉄砲な若いのといったところだ。達者な奴は悠々と逃げちまう。キツネがもしお手軽にウサギというウサギを殺せたら、キツネ自身も餌がなくなって自滅する。キツネは真剣なんだ。遊びやお慰みで、殺しをやるわけじゃない。ところが、人間は娯楽のための殺しで、生物界のバランスをメチャクチャにしてしまった。野生動物を片っ端から殺戮して、捕食の対象を奪われた狼が家畜を獲ると、たちまち凶悪な害獣、悪者の代表にしちまいやがる。こんな悪党は絶滅させなければいかんと決心する。それが、人類の正義なるものなんだ。だが、真の悪党はだれだ? 真の害獣、凶暴で酷薄な殺し屋、猛獣は何者だ? 人類以外の全生物からいえば、人類は悪魔だ。悪鬼だ。怪物だよ」

犬神明自らが「人類弾劾演説」と称したこの長台詞は、同じウルフでも“ウルフマン”のおれにはなにがなんやらだが、確かに胸を打つ響きはあるし、小説『ウルフガイ』シリーズは、基本この演説内容をその後も軸として、平井氏曰く「人類ダメ小説」として、広くファンに愛されていく先で、いつしかいつの間にか、狼男は本物の“天使”になってしまうという、驚きの展開が待ち受けているのだ。
狼男が天使だなんて、どこまでほら吹きのおとぎばなしなんだか。

しかし、そんなとほうもないおとぎばなしだが、この小説は、男が生きていく上で大事なことを、ひとつだけ本当のことを教えてくれる。
それが“不撓不屈”だ。

全身を切り刻まれて、四肢をもがれて、血まみれになりながらも決して倒れず、満月に向かって吠えて、決して“人類”の原理原則なんかに、屈することなく戦いつづける。

【不撓不屈】どんな困難にあっても決して心がくじけないこと。

犬神明のその生き様は、何があっても変わることはない……と思いながら。
――こんな素晴らしい月夜なのに、ネットじゃあどこもかしこも、そこらじゅう罵詈雑言誹謗中傷だらけだ、と、おれはもの悲しく考えた。
これ以上の、犬神明に関するくわしい話が知りたければ、みんなぜひ『狼男だよ』をはじめとする、ウルフガイシリーズを買ってくれ。今からだって人類は“遅くない”はずだ。

おれは、自分への誹謗中傷やネガキャンロビー活動が巻き起こるネットの中を走り抜けていた。
ウルフマンのおれが、こんなことでくたばってたまるものか。
おれには、まだしなければならぬ浮世の仕事が山ほどあるのだ。
正義の味方を自称して、おれを物書きの世界から追放することが、大義でまっとうだと思い込んでいる精神を病んでいるれんちゅうの攻撃は、とまることを知らない。
まったく冗談じゃないよ。
こんなばかなことがあっていいものか。
だが、物書きとしてのおれはまだ死なないのだ。
他の書評やレビュー、コラムなどで、かならず、またお目にかかろう。

(文中、『狼男だよ』の文体や文章を、一部お借りして原典の面白さを伝える形にしてみました)

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