前回は「市川大河仕事歴 出演仕事編Part1 『戦国自衛隊』」
よくTwitterなどで「フォロワーさんが絶対に経験したことない事」みたいなタグが回ってくるけど、今回の話は僕のような役者でもスタントマンでもない一般人にとっては、普通ほぼあり得ない話。
そのTwitterのタグ的に書くならば「メカデザイナー最高峰の出渕裕デザインの、実写特撮用ロボットの撮影用着ぐるみに入って、イベントでそのロボットを演じた」であり、かつ「自分が撮影用着ぐるみを着たことがある実写特撮のロボが、2021年になって、こともあろうにバンダイからプラモデル化された」という話。
80年代の中盤。テレビ世代が初めて「テレビ録画機器」ビデオデッキを手に入れて、往年の名作もソフトで見られる時代に突入した。
そこでは、高額を出して『七人の侍』(1954年)ソフトを一本買えば、死ぬまで一生、好きな時に好きなだけ、自宅で『七人の侍』を堪能できるという、映画ファン垂涎の夢をかなえたわけだが、まぁそこは、レーザーディスクやビデオディスク、DVDやBDなど、ハードの進化と世代交代によって見事に裏切られるのは別の話(笑)
そしてその「往年の名作をビデオソフトで」は、オタクの趣味嗜好と見事に完全一致した。昭和の時代の特撮やアニメ等が、次々とソフト化され、どれも好評を博して売り上げを伸ばしていた。
そこで、東映の『仮面ライダー』(1971年)その他の特撮ビデオを、もっとマニア・オタク層に浸透させようと、当時の東映ビデオ株式会社が、一気に動いた時代でもあった(同社設立は家庭用ビデオより遥か昔の70年代)。
1985年の売上高が約106億円に上っていたビデオ事業部は、特撮、ヒーロー物に特化したイベント『東映ビデオフェスティバル』なるイベントを、東京銀座等で開催展開。大河さんもその頃は東映の食客でもあったのだが、半ば東映ビデオへ出向みたいな形になり、次々開催されるイベントで、司会やアトラクションショーの出演などをこなしていた。
その先で、そのイベントの集大成として、渋谷東映(当時)を借り切り、一晩オールナイトで、平山亨プロデューサーを壇上にあがらせてのトークあり、水木一郎アニキの生歌熱唱あり、歴代東映ヒーローと悪役の、アトラクションショーありという豪華なメニューで、最大の東映ビデオフェスが行われたのだ。
そこでのアトラクションショーがまたカオスであり、正式なアクションチームを呼ばずに、今ではゴジラ俳優として著名な破李拳竜氏を中心とした、コミケ等で活躍していたアトラクチームが集まり(僕もその末席にいた)、造形物も、東映の倉庫や撮影所から直接借りてくる物もあれば、名を出すのも恐れ多い、今もまだレジェンドの造形作家が謹製で仕上げた旧1号仮面ライダーあり、挙句にはショートボブ(バブル期だったからね)の女の子に下駄とちゃんちゃんこをまとわせて「月曜ドラマランド版『ゲゲゲの鬼太郎』(1985年)の鬼太郎」を登場させるなどの、マニア心をくすぐりまくりすぎて、失笑まで買ってしまうレベルの大アトラクションショーが展開された。
そこで僕が担当したのは、上でも書いた、メカデザイナー出渕裕氏渾身のデザインで、放映当時人気が爆発した、戦隊シリーズ『超電子バイオマン』(1984年)の、ライバルロボット・バルジオンであった。