男のズルさ。「少年らしさを忘れない」等という言葉で誤魔化し続ける、未成熟なエゴイズム。女を見下し、自分に惚れているのだから、どうとでもなるさと高を括っている視線の傲慢さ。他の女流作家が「たとえ見えていたとしても、自分(女)が帰属していく先は、そんな男たちしかいないとは思いたくない」からなのか、あえて描かない、もしくは、ステレオタイプの「優柔不断さ」で、男の急所を外して描いてくれるヤワな優しさを、入江女史は持たない。
かといって、では入江女史は「そんな男」を憎んでいるのか、さげすんでいるのか、「そんな男」を愛する女を、バカにしているのか、見下げているのかといえば、決してそんなことはない。

作中でも、ミシマは心から、丸山を愛していたし、頼っていたし、純情な気持ちで向き合っていた。
丸山も、打算や都合を前提にしながらも、出来る範囲で(そう、この範囲計算が、既に男の、致命的な馬鹿さ加減なのだ)、ミシマを大切にして、妻も大切にしていた。しかし「それ」が、生き物として弱すぎる男が、女性の表層上の弱さを踏み台にしてみせている「優しさ」でしかなく、決して「それ」は、丸山自身を、男という生き物自身の救済にはならないのだと、入江女史は常に丸山のモノローグなどを通して描いてみせる。

丸山がミシマと寝ながら

「……“気持ちが”めんどくさいな―――― 三島と 俺と 晴美と」

入江紀子 『猫の手貸します』

という心情を描いてみせたかと思えば、ミシマと連れ立って出向いた、正月の初詣の祈りの内容が

「家内安全 無病息災 ニョーボに三島のことが バレませんよーに まだ 三島に捨てられませんよーに」

入江紀子 『猫の手貸します』

であったり。このリアリティは、男性は後ろめたくて認めたくなくて描けず、女性は、情なさ過ぎて描けないだろう(そういう意味であえて筆者はここで「柴門ふみの『東京ラブストーリー』も、その旦那の弘兼憲史『黄昏流星群』も、ただの『自分の性の都合でしか男女を見分けられない、自慰行為漫画』夫婦だ!」と叫んでおこう)。

この漫画は「不倫」を一つの、表層上のテーマにしているが、不倫とは決して『課長 島耕作』に出てくるような、「都合のよい関係のギブアンドテイク」などではない。
求めてはいけないものを求めなければいけない「純愛」が、現実の中でどんな関係であってもぶち当たるだろう壁の前で、その壁が途方もない高さであることを、どう認知して、受け止めて、散っていくかの「人の生の悲鳴と喜び」の表れなのである。

「その終わり」は、決してどちらかの決心が招いた劇的さではなかった。
最終話の一話前『朝になったら』では、同じ職場同士だったミシマに、移動命令が出されるところから話はスタートする。
それを受けて、ミシマは早々と割り切った表情や振る舞いを見せてみる。一方で丸山は、初動から、舌先三寸で、なんとかミシマを自分と繋ぎ止めようと、あの手、この手で揺さぶりをかける言葉を並べてみせる。
新しい仕事を得て、初めての「仕事の充実感」の中で、自分の得た居場所に没頭していくミシマを、はっきり言えば丸山は、子どもじみた独占欲と我儘で振り回そうとする。
『大岡越前』『子争い』か、『北風と太陽』か。
やがて。ここまでは描かれていなかった「ミシマのモノローグ」が書かれ始める。

「ほんとうは とっくに気づいていたんだけどね いつかは 目がさめるって」

入江紀子 『猫の手貸します』

その次のページで、ミシマは丸山に向かって笑顔で言う。

「やめよっか♬」

入江紀子 『猫の手貸します』

そこですかさず

「俺を嫌いになったのか?」

入江紀子 『猫の手貸します』

と、問い詰め。追い詰める丸山に

「ずるいよ それ 答えられないよ 答えたら続いちゃう……」

入江紀子 『猫の手貸します』

と、困った顔になったミシマで、最終回に展開は続く。
しかし、最終話『猫の手は借りない』は、初動から、ミシマが気持ちを冷めていることを明確に描く。
「こういう時」の男のバカの一つ覚え「俺が離婚すりゃいいのかよ!」に対しても、キレて怒ってみせたミシマだが、すぐに「め――――んどくさく なっちゃったあ……」とため息をつく。
入江女史のコンテ能力の高さは、先ほどの「やめよっか♬」の瞬間にも表れているが、漫画を読む読者の視線動線の誘導力と、漫画を読むという物理行為に対する心理効果の計算高さに表れている。
衝撃的な展開や台詞を、めくったページの最初に大きなコマで描く手法は古典的だが、それが『聖闘士星矢』ペガサス流星拳のような「カタルシスのお約束」ではなく、入江女史のコンテコントロールは、常に読者の心理の、裏をかき真実を突きつける形で、ダイアローグ劇を彩る。
女々しく、惨めに、ミシマを引き留めようと、すがろうと足掻く丸山。
丸山の妻はしっかりと良妻で、丸山を愛しているが、丸山の側も愛しているくせに、自分の都合だけで優先順位をつけてしまうという愚かさで、丸山はミシマを捕まえようとする。

代替テキスト
入江紀子 『猫の手貸します』

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