『猫の手貸します』は、後に『のら』『なんぎな奥さん』などヒット漫画を連発することになる、女性青年誌漫画家・入江紀子女史のデビュー作恋愛漫画。
入江女史は、この『猫の手貸します』の読み切りを講談社に送りアフタヌーン四季賞冬のコンテストを受賞。そのままコミックアフタヌーン1988年2月号から連載を始めたことになるので、つまりこの作品の第一話は、投稿当初は、そこで完結していたことになる。

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入江紀子 『猫の手貸します』

それを踏まえて、この作品の表層だけを分かりやすく書けば「明るい不倫」とでもいうべきなのだろう。
主人公・ミシマは22歳の新卒OLで、素直で気が強く、一途だけれどもついついキツイ言葉も吐いてしまう、生々しくも可愛い女性。
そのミシマの不倫相手である「丸山サン」は、30歳を目前に控え、既に冷え切った(と、丸山自身が思い込んでいた)夫婦関係を抱えた、気楽で優しい(と、見えるし見せかけている)イイ男。

その、不倫関係の「終わらなさ加減」を、軽妙な台詞回しと軽く見える絵のタッチで描いた短編が第一話。

「いーの!? 丸山サーン!」
「あー!?」
「ニョーボ! 久々早く帰れるってのに 女コマしてて いーの!?」

入江紀子 『猫の手貸します』
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入江紀子 『猫の手貸します』

といった会話や

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入江紀子 『猫の手貸します』

「なんだろうねコレ ヘンなの 「恋人」より「愛人」のほうがインビな感じしない? 私は「恋人」なの?」
「そォ」
「じゃニョーボは」
「「恋人」だった」
「なンか私 すッご~~~~~~~~~~~~く むなしくなってきたわッ 何が悲しゅーて ウラ若き乙女が ニョーボに!! 逃げられた!! 三十男と!! ホテルの混み具合の心配せにゃならんのでしょーか?」
「俺は29だ 童顔だけど」
「来月30でしょう? なにも 手近な丸山サンじゃなくたって もっとトシ相応の 若くてかわいー男の子は うじゃうじゃうじゃうじゃ……」
「…………22歳の非処女が ウラ若き乙女だあ?」
「……丸山サン 最近 髪 うすくない?」

入江紀子 『猫の手貸します』

というような会話が、二人の関係を象徴しているが、その「一枚裏」にある、少女を卒業したばかりの女性が抱く、切なさや純粋さを描きながら、一見バブル期全盛の頃の、ラブコメ漫画以降トレンディドラマ風漫画行きを目指した「よくある漫画」を装いながらも、同時代の柴門ふみ高橋留美子漫画では致命的なまでに欠落していた「本当の、生の“男の本音と弱さ”を見抜く力」を、入江女史はデビュー当時から蓄えていて、「それ」は既存のどんな女性漫画家よりも鋭敏なアンテナであり、しかし表層上の軽いテンポと表現によって、口当たり良く読ませながらも、入江女史はその「男の致命的なダメさ」を、暖かく愛しく抱きしめ、そして残酷に突き放すまで、描き切る作家なのである。

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