しかし、そこでそこそこのヒットを出せば、また横槍が飛んでくるのが渡世の義理か、浮世の常か、テレビドラマ界のしきたりか。 息を吹き返しつつあった東宝・日テレラインへと、また牽制をかけるべく、動くはもちろん、石原プロテレビ朝日の黄金タッグ。

 このタッグにはまだまだこの時期「『西部警察』の夢よもう一度」が根強く残っており、その結果、好評放映中の『刑事貴族』主演中の舘ひろしを降板させてまで無理やり引っこ抜き、こちらはこちらでまずは『代表取締役刑事』(1990年)を送り出す。

渡哲也氏と舘ひろし氏。この後キスしそう(笑)

 企画はもちろん、石原プロの名物専務こと小林正彦。その企画書には「東京下町辰巳署には個性あふれる優しい刑事たちがいる。現代を写す様々な事件に立ち向かう刑事の姿を描く、人情と感動のヒューマン・アクション」と謳ってあるが、いや、もう既に特殊戦闘用装甲車で銀座を爆走しちゃった過去がある以上は、今更そんなお題目の文芸テーマを持ち出されても……というのが正直な感想。

 なぜならば、石原プロ・テレビ朝日ラインではその直前に、尽きることなきチャレンジ魂で「石原プロの石原プロによる、石原プロのための『西部警察』自己二番煎じ」とでもういうべき『ゴリラ・警視庁捜査第8班』(1989年)を製作開始。

ゴリラと言われてしまうと、全員ゴリラに見えてしまう病

 ゴリラ軍団のメンバーには、渡哲也舘ひろしを揃え、脚本に峯尾基三、永原秀一を揃え、監督に長谷部安春(またかよ!)、吉田啓一郎という安定路線(笑)
 しかし安定しすぎて「もはや『西部警察』の時代ではない」とばかりに、このドラマはあえなく沈没した。

 その後を受ける形の「文芸人間刑事ドラマ路線」『代表取締役刑事』ではあるのだが、「警察署長役が安部譲二」という時点で既に氏素性が割れてしまっているような気もする(笑)
 一生懸命に、渡哲也も引きずり出して「もう一度『大都会』を」と願う辺りは必死か。
 脚本は、それこそ市川森一が第一話『昨日・今日・明日(監督・斎藤耕一)』を書いてみせて、その後もちょくちょくローテーションには入ったのだが、市川森一、桃井章、峯尾基三辺りの「出がらし感」が、若い原隆仁辺りの演出感覚と今一歩そぐわず、初回は二時間スペシャルで開始したものの、10%に遠く届かない数字を残して、惨敗してしまう。

 「同じような企画」としては、テレビ朝日ラインは既に国際放映と組む形で、『あぶない刑事』(1986年)の直前まで、そのライトアクション刑事ドラマブームに先駆ける形で、『私鉄沿線97分署』(1984年)というドラマを制作していた。

かつての『コメットさん』や『俺はあばれはっちゃく』の国際放映の刑事ドラマ

 こちらは鹿賀丈史渡哲也時任三郎の他、小西博之、新沼謙治、古尾谷雅人というキャスティング構成。
 つまり後の、鹿賀丈史の『JUNGLE』主演、時任三郎の『あきれた刑事』主演は、この時の人事と配役イメージ故の賜物であったりするのである。
 かようにこの『私鉄沿線97分署』を見る限り「『西部警察』のような過激な銃撃戦はもうやめて、人間ドラマで群像刑事物を」は『西部警察』の終了直後からあったようではあるが、このドラマに於いて文芸陣は、相変わらずの峯尾基三、佐伯俊道も参加しているものの、さすが国際放映ラインだけあって、桃井章や『ウルトラマンタロウ 僕にも怪獣は退治できる!』でデビューした阿井文瓶の他、一色伸幸長瀬未代子が参加。東映にはない独自の文芸ラインも築き上げるのではあるが、一方の監督陣は、長谷部安春(ここでもかよ!)、手銭弘喜、澤田幸弘といった、各社で30年間、刑事物を監


 それゆえか、一応2年間の放送期間を得るものの「やはりうちが刑事物をやるなら、石原プロ独自ラインで」という結論に至り、最終的に『代表取締役刑事』へ、繋がるのである。

次回は『犯罪・刑事ドラマの50年を一気に駆け抜ける!(70年代をナメるなよ)』Part12

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