悪いけど俺は左翼(笑)だが、ウルトラ・ガンダムオタクだけの存在じゃない。
 あの時代の映画やドラマは、どれもこれも鋭く輝いていた。
 『時間ですよ』(1970年)『寺内貫太郎一家』(1974年)
で一世を風靡した演出の久世光彦は、単なるホームドラマのディレクターじゃなかったし、その久世とコンビを組んで『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』を書き、『七人の孫』(1964年)『だいこんの花』(1970年)を書いた稀代の脚本家・向田邦子も、ただのお茶の間ドラマの脚本家ではなかった。
 久世演出の『悪魔のようなあいつ』(1975年)や向田脚本の『あ・うん』(1980年)『阿修羅のごとく』(1979年)は、やるせなさと愛憎が、混沌と煮えたぎっている名作ドラマだった。

 皆さんは「70年代の刑事ドラマ」といえば、どんな雰囲気を想起するだろうか?
 もちろんそこでは多分、典型例として『太陽にほえろ!』(1972年~1986年)辺りでの、「若い新人刑事が必死に走って犯人を追い詰める。事件の背景には人情があり葛藤もあるが、何があっても守ってくれる優しいボスと、人生の酸いも甘いもかみ分けた、山さんのようなベテラン先輩の励ましに包まれ、事件は無事解決し、ラストは刑事達皆で捜査本部で笑い合ってストップモーション」そんな展開を、ステレオタイプとして思い出すのではないだろうか?

『太陽にほえろ!』

 しかし。では、実際の「70年代の刑事ドラマ」は、果たしてどうであったのか?
 本当にそんな、判で押したようなお約束のワンパターンなドラマが、大量生産されて、あの時代のブラウン管を埋め尽くしていたのか?
 仮にそれが「当時を知らない若いネット世代による、偏見とバイアスと、フィルターのかかった70年代」だったとして、今のネットで、罵倒され「サヨク教育とサヨク文化にまみれて、自虐史観教育と、共産主義的思想を植え込まされ、洗脳されてきた、愚かで情弱で非国民な連中」と決め付けられている「70年代世代」は(その決め付けは、それはそれで勝手だが)実際は、どんなメッセージや表現に溢れた時代を生きていたのか?
 今回の『犯罪・刑事ドラマの50年を一気に駆け抜ける!(70年代をナメるなよ)』は、それをテーマに、当時のテレビドラマ文化を熱く彩った『刑事・犯罪・探偵ドラマ』という一つのジャンルに的を絞って、少しいろいろ語ってみたい。

萩原健一演じるマカロニ刑事
松田優作演じるジーパン刑事


 確かに、今上で書いたようなお約束パターンは『太陽にほえろ!』では多かったかもしれないが、それは「やる気が失せた70年代後半」のお決まりパターンがもたらした刷り込みであって、『太陽にほえろ!』もその初期は、小川英、長野洋、市川森一、鎌田敏夫といった、才能と意欲溢れる文芸陣による、鋭い切れ味で現実を切り取り、それを容赦なく視聴者に対して突きつける、そんな話も決して少なくはなかった。
 萩原健一のマカロニ刑事も、松田優作のジーパン刑事も、国家権力を手にしながらも、生身で犯罪と、それを生み出す社会と向き合い、時に無力さに泣き崩れながら、時に残酷な結末に佇みながら、共に最期は、惨めにみすぼらしく、足掻きながら犬死で『太陽』から消えていった。
 そう。
 東宝の『太陽にほえろ!』と、そこから生み出されたショーケンと優作。
 彼らの登場が、映画界の人材が大量流入してきた、70年代のテレビという世界の混沌と融合し「事件が解決してよかったですね! あっはっは」では済まされない、無数の、珠玉のドラマを生み出していた時代があったのだ。

『大都会』

 あの時代。
 今じゃ現実逃避して北海道の片隅で「るーるーるるるるる♪」とかやってる倉本聰だって『前略おふくろ様』(1975年)あたりはギラギラさを醸し出していたし、その翌年の『大都会 闘いの日々』(1976年)は凄まじく現実を撃つドラマだった。
 そこでの主人公の渡哲也は、暴力団捜査担当の刑事だったため、妹の仁科明子をヤクザに強姦された十字架を背負ったまま職務についている。そしてまた、渡の恋人・篠ひろ子までもが輪姦され、その現場をブルーフィルム(今で言うAV)で撮影されて脅されている。
 その中の第27話『雨だれ(監督・舛田利雄)』では、同じように妹をヤクザに強姦された男が連続射殺魔になったが、渡はこの男を万感迫る思いを押し殺して射殺してしまう。
 最終回『別れ(監督・村川透)』で篠ひろ子は、自分のブルーフィルムを所有しているヤクザの組長と高飛びするのだが、渡哲也はそれを追うことも出来ず、見送るしかない、やるせないラストで閉じられている。


 「あの時代」は、そういう「やるせないドラマ」が、熱く時代の叫びを上げていたのだと、今回の『犯罪・刑事ドラマの40年を一気に駆け抜ける!(70年代をナメるなよ)』のテーマは、まぁそこに落ち着くわけだけど、晩年はワイドショーのコメンテーターや、日本アカデミー賞の予測屋家業が本業になってしまっていた、市川森一などは、そのドラマ作家の筆頭だったであろう。
 「市川森一のやるせないドラマ」と言い出したらそれこそキリがないのでやめるべきであろう。うん、踏みとどまる勇気(笑)。
 なので、今回のもう一つのテーマである「70年代刑事・犯罪ドラマの流れ」で言うならば、やはりそこで挙げられる、市川森一最初の代表作は『太陽にほえろ!』の萩原健一演じるマカロニ編と、松田優作演じるジーパン刑事編なのだが、そこで市川は、ショーケンのキャラのディティールを掘り下げたのではあるけれど、それはそれで、いろいろ横幅を膨らませ始めるとキリが(本当にキリが)なくなるので、むしろここでは、萩原健一と松田優作の「太陽以降」にスポットを当ててみたいと思う。

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