『迷走王ボーダー』は、俺にとっての聖書のような作品でもあり、だからこそ、いつか必ずその本を、読んでやるのだと決めていた。
だから俺は、若い頃はよく、神田神保町の古本屋等を巡ることを趣味にしていたので、『迷走王ボーダー』を読んでからというものは、撮影所や出版社からの帰り道、暇があったら古本屋を覗いては、「その本」が、偶然とそこにあったりしないかと、胸をときめかせながら見渡し、がっかりして家路に急ぐというルーティンを繰り返していた。
調べてみると「その本」は、俺が生まれる4年も前に出版された文庫本。ざっと今から54年も前の本になる。
その間、ベストセラーになったわけでもなく、ロングセラーになったわけでもない。
だから復刊もされていないし、復刻版も出ていない。
かといって、そんな俺が好むような本であるからして、古本市場では特に、激ヤバレア即ゲット的プレミアム転売即高額骨董品なお宝本というわけでもないわけであり、だから俺は、いつしかその本のことを、頭から忘れていた。

それから30年が経った。
俺も仕事やプライベートが忙しく続き、家族や奥さんの死などという激変もあって、すっかりその本のことを忘れ去っていていた。
そんな時、ひょんなことからとある方面からの仕事依頼が来た。
戦後史を文化の側面から解析する、専門家向けの学術本のちょっとした手伝い。
担当の編集と少し打ち合わせたときに、俺の脳裏にはすぐさま「その本」の存在が浮かび上がった。
何が何でも、「その本」を手に入れねばなるまい。
いや、むしろこのタイミングで手に入れなければ、俺は一生、「その本」とは縁がないだろうと、俺は瞬間的に悟った。

打ち合わせを終えてすぐに、俺は家に戻ってパソコンで検索をかけた。
そこで俺は愕然とした。

今の時代、古書であってもある程度のレベルの品であれば、Amazonマーケットプレイスかヤフオクで見かけるものだし、手にはいるものだ(値段はさておき)。
ところが「その本」は、ネットのどこからどこを駆けずり回っても「どこかにないですかね」「もう何年も探しているのですが見つかりませんね」 「誰かこの本の情報をください!」そういった、悲痛な叫びばかりが見つかった。

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