その先で、いかにも洒落た、大人の好事家というたたずまいの、ビリケン商会の店舗に辿り着いた。
興奮を抑えきれずに中に入った僕は、昨日の電話とは違った紳士の店員に話を通し、取り置きしてもらっていた商品を受け取り代金を支払い店を出た。

ビリケン商会初代ゴジラパッケージ

パッケージは、ビリケン商会独特の、昭和レトロ感を強調したデザインシールが貼ってある。
数年前の同窓会ぶりの青山の光景の中で、僕はそんなレトロデザインの「捨ててしまった自分の過去」を抱きしめて、帰路についた。

帰宅して、早速箱を開封する。
少し漂ってくる、ソフビキット独特の、離形剤の油の匂いに、懐かしさを感じる。
パーツの色は赤茶色(サイトではミルクココア色と記載)。全長は完成状態で275㎜
ソフビキットは、海賊版やロット違いの判別のしやすさから、再販のたびに成型色を変えるのが普通だし、大河さん痩せても枯れても一応モデラーなので、塗装はする予定ではあるので、成型色は特に気にならない。

開封したキット状態


一説には「ビリケン商会のキットは未塗装で飾るもの。未塗装で完成」という謳い文句も聞かれるが、それはあくまで「ビリケンキットは、塗装が要らないほど、立体物としての造形物単独のクオリティが高い」という意味であって、塗装の力を借りなくても、単純に写実性の問題だけではなく、根幹的に『着ぐるみの地力』を再現している、ということなのだろう。
僕も90年代に購入した時は、眼と口以外はあえて漆黒で塗っただけであったが、それでも初代ゴジラならではの幽鬼性は存分に表現できていた。

30年前に制作した時の、ビリケン商会初代ゴジラ

ソフビキットに必要な物は、ソフビの余白や接着部分をカットするアートナイフと、瞬間接着剤、これだけ。確かに接着した隙間を埋めるのにパテを使ったり、ペーパーをかけるモデラー諸兄もいるかもしれないが、一流メーカーのパーツは、合わせ目が分からないほど隙間があかない物も多いし、ソフビ表面へのペーパーは逆効果になりかねないので、塗装以外は基本的にこの二つでほぼ道具はそろったとみていい。

ソフビキットを製作するのに必須なこの二つ

あ、後は、アートナイフ作業では(特にソフビの切断は)指を怪我しやすいので、むしろバンドエイドは必需品かもしれない。僕は今回お世話にはならなかったが、皆さんはお気をつけてご用意ください。

さて、まずはパーツを寸胴鍋で茹でて煮る。湯には台所用洗剤を混ぜておく。この下処理をすることで、ソフビキット特有の「パーツ成型時の歪み」と「ソフビに付着した離形剤油分」を解決することが出来る。
これがしっかり済ませられれば、後は根気よくパーツをアートナイフで切り出して、瞬着で接着していくだけ。
後述するが、このキットは両肘の嵌着は可動させるために接着しないが、無数の背びれの接着などは、まぁゴジラキット共通の苦行部分だろう(笑)
ここの背びれ苦行。メーカーが、ちゃんと背びれのパーツにナンバーを振ってくれていて、組立説明書にも取り付け箇所が明記していれば、基本的に単純作業の繰り返しになるので、単なる肉体労働的苦労になるが、メーカーがちゃんとそこを明記してくれないと、いきなりキット組立が、本格難易度推理物の領域に突入するので、気を付けるように(笑)
その点、ビリケン商会さんはさすが、分かり易く組立説明書にもパーツの土台にもナンバリングが振ってあって、組み立てやすかった。

後は塗装。本当なら先にプライマーかサーフェーサーを吹くべきなのかもしれないが、塗膜が厚くなることを避けるために、ベースはフラットブラックで包み塗装。
ここまでだと、30年前の仕様と変わらないが、ここから今回はしっかり塗装を開始した。
初代ゴジラは、昭和の時代から人工着色ポスターや、後のカラー映画のシリーズのゴジラ等の影響でグリーンのイメージがあるが、証言によると、スーツは基本黒だったと聞いたので黒で包み塗装した。

今回も、爪と口元と目をマスキングして全身フラットブラックで塗装


そこへタイヤブラック、ニュートラルグレー、明灰白色の順でドライブラシをかけていく。
牙と爪はキャラクターフレッシュとホワイトの混色。口の中はキャラクターレッド。眼はホワイトにブラックの目玉と、細部を塗装した。
出来はこちら。

完成したビリケン商会初代ゴジラ

初代ゴジラに関しては、名だたるガレージメーカーはほぼ必ずキット化しているし、バンダイからもムービーモンスターズシリーズでソフビが販売されているが、筆者の個人的主観で言わせていただくと、どこも演出過剰なのである。
話を聞く限りでは、初代ゴジラの着ぐるみは、まだ前人未到で初の試みの「人が着る怪獣のボディ」だったので、全身生ゴムで作られて、相当に重量が凄まじく、動くことすらままならず、歩くことや、腕を少し動かすのが精いっぱいだと聞いたことがある(劇中では上半身の演技をするために、ギニョールが併用されている)。

なので、躍動感あふれるポーズや、迫力や破壊力をアピールしたポーズをした「初代ゴジラのリアルタイプミニチュア」は、シンプルに「嘘くさい」としか感じられないのだ。
それが一時期流行った「イマジネイションフィギュア」なのであれば価値も意味もあるのだが、着ぐるみ準拠のリアル再現であれば、このビリケン商会版ソフビキットのポーズと造形が、どんな演出されたポージングのキットよりも、ベストバウトだろう。
むしろ、棒立ちでくの坊に見えるこのポージングの、微妙な仕草や角度が備えた、わびさびに通じる幽鬼感、恐怖感、静かな躍動感は、これ以上どこかのポージングを弄っては壊れる、奇跡の一瞬的なポーズであり、ガレージキット界隈では、2020年代の今でも「単純なディテールの精密さやパーツの精度はともかく『一番着ぐるみに似ている初代ゴジラのキットはこれ』」と言い切られている。
噂によると、数年前に公開された、ゴジラをモチーフにされたと言われる、東宝配給のプライベートフィルムに登場したゴジラ的怪獣の主役怪獣のデザインに対しても、このキットは影響を与えたと言われている。

横から見た初代ゴジラ。直立不動が正しい解釈

一方で、この絶妙なポージングの完成度であっても、ビリケン商会は腕の肘の嵌着に、可動による「遊び」の幅を広げている。上でも書いたが初代ゴジラの着ぐるみの動きはかなり制限されたものだが、肘に関しては何度か動いた演出が劇中で確認されるために、ここだけは動くことはプレイバリューを担保していて商品のバリューを高めている。

背後から。無数のヒレがゴジラのアイデンティティ

ビリケン商会商品紹介ページでは「申し訳ございませんが、再入荷まで今しばらくお待ちください」と書かれているので、興味を持たれた人は、気を長くして次の再販まで待ってみるだけの価値はあるはずだと僕は太鼓判を押しておこう。
未来永劫、『ゴジラ』(1954年)という特撮映画最高峰作品の関連アイテムとしては、金字塔として今後も語り継がれていくであろうから。

ゴジラの幽鬼的、怨霊的存在感を表す見事な造形美

小学生時代の原風景を歩きながら、30年前の絶品お宝を再入手する。
それはこの、市川大河公式サイトが出来る直前の出来事であって、魂の洗濯としては本当に素敵なリフレッシュとなった時間とアイテムであった。

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